一言でいえば「必要になったら、必要なところだけ勉強する」
という方法のようだ。
プログラマの間ではけっこう知られた方法論だったっぽいな。
ハッカーと遅延評価勉強法「遅延評価」という言葉を調べてみると、「ある式を、その結果が本当に必要になる時点までは評価しないでおくテクニック」とあります。そのメリットは、「条件次第で捨ててしまうような値を事前に準備することは非効率的である。このような場合遅延評価を行うと必要なときだけ値が計算されるので計算量を低減できる」とありました。
ここから遅延評価勉強法とは、「その知識が必要になった時に初めて勉強する方法」です。もっと言えば、「○○を学んだから××をやってみる」ではなく、「××をやりたいから○○を勉強する」と定義できます。
似たような方法論として、数学の勉強法には、
「パラシュート勉強法」と呼ばれるものがある。
(誰が作った言葉かは存じ上げませんすいません!)
算数・数学の勉強はしばしば積木に例えられるように、
基礎から積み上げていかなければいけないというのが常識。
しかしこの「パラシュート勉強法」は、
「下から登らなくても、パラシュートでいきなり好きな所に着地していいんだよ」
と提唱する。
例えば高校生の時点で小中学校の数学の基礎が抜け落ちている生徒の指導の場合
普通は小学校や中学校の内容まで遡って、
順番に抜け落ちている穴を埋めていく。
二次関数をやろうとするなら、その前に二次方程式がわかっていないとダメだし、
当然その前に一次方程式がわかっていないとできない。
また累乗計算や分数の計算自体も理解できていなければ、
そういった基礎計算からやり直す必要がある。
しかしパラシュート勉強法では、そういう生徒にもいきなり二次関数の問題を教える。
その中で分数計算の知識やらなんやらが必要な場面に遭遇したら
その都度、その部分だけ教えるようにして、
とにもかくにも目の前にある二次関数の問題を解けるようにするのである。
この方法の大きなメリットは、
数学に関してすっかり失われた生徒の自尊心を取り戻してやれることにある。
高校生にとって、小中学校の問題を解かされるっていうのは
けっこうストレスのたまることだ。
プライドは傷つけられるし、なかなかゴールが見えてこないし。
そういう意味では、先に着地点を見ることができるこの方法は有効である。
ただ、やってみると、口で言うほど簡単ではないけどね・・・。
穴だらけの知識を継ぎはぎだらけにして無理くりゴールに連れて行ったところで、
結局「で、これがなんなの?」って感じの反応になってしまうことも多い。
自分がメラとかヒャドしか使えない状態でスライムに苦戦してた経験をしているから
ベギラゴンやイオナズン使えるようになって強い敵を倒したときの感動があるわけで、
冒険開始直後から魔法使い放題では、ありがたみがわからないどころか、
「何のためにこんなに魔法あんの?メラとか使わねえじゃん」って感じ?
そして、火炎系の魔法はこの敵には効かないとか、
そもそもメタルスライムに魔法は効かないんだよとか、
そういうことを経験から学んでいないっていう辛さもある。
それはもう仕方のないことなのだけど。
「遅延評価勉強法」についていえば、
勉強が苦手な人向けの「遅延評価勉強法」に書かれている、
「インプットとアウトプットが同時にできる」っていうのは絶対に必要なことだと思う。
勉強が苦手な人ほど、勉強=インプットだと考えている傾向にある。
それで勉強なんて退屈だー退屈だーと言っている。
これもRPGの例でいうなら、
「レベル上げ」の時期が全てインプットだけだとしたらどうなるか。
強いボスを倒せるだけのレベルになるまで、
勇者は毎日魔法学校に通って、魔法を唱えるための理論を学び、
フィールドに応じた有利な戦闘隊形の組み方を学び、
ボスの動きを研究したビデオを見ながら弱点をレクチャーされ、
町の道具屋でアルバイトをして、その学校に通うための資金を稼がなきゃならない
(それはそれで面白いかも・・・)。
「必要に応じて勉強する」っていうのは、
極端にいえば「勉強しない」っていうことなのかもしれない。
とにかくやってみる。
受かりたい大学ができたら、とにかくその入試問題を解きまくってみる。
話せるようになりたい言語ができたら、とにかくネイティブと会話しまくってみる。
組みたいプログラムができたら、とにかく似たようなソフトのコードをいじりまくってみる。
倒したい敵ができたら、とにかく近くの敵を倒しまくってみる。
勉強のための体系だてられた理論だって、
もともとは先人達がそうやってがむしゃらに学んだものを
逆ルートで整理したものなんだよなー。
参考
勉強が苦手な人向けの「遅延評価勉強法」(ロケスタ社長日記)
遅延評価的勉強法(IT戦記)
ハッカーと遅延評価勉強法(@luke_silvia.diary)
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できるまでできるふり
暗記は脳との対話
とりあえず教科書を全文暗記しちゃえよ、って思う。
英語や社会、場合によっては理科や国語も、それだけでだいぶ変わるはず
(あとは保健とか家庭科もかな)。
家庭教師をするなかで、実際に生徒に対して
「教科書の本文全部暗記してみれば?」と言うこともあるが、
まあ、そう言われて愚直に全部暗記してしまうことができるような生徒なら
そもそも成績が悪いことはあまりないわけで・・・。
というのは、決して成績が悪い子に教科書全文を暗記する能力が無いという意味ではなく、
むしろ「自分にはとても本文全部暗記なんてできない」と思い込んで
挑戦しようとしなくなりがちなのが問題だという意味である。
実際は、先日の暗記には二種類あるで述べたとおり、
教科書の本文暗記のようなパスワード系の暗記は、
事象を体系立てて覚えるリンク系の暗記とは全く別物なのだが。
もちろん、パスワード系の暗記にも、人によって得意不得意はある。
それでも教科書の暗記くらい、根気されあれば誰にでもできる。
「塾や家庭教師を利用していないから成績が悪い」
「高い教材を使っていないから成績が悪い」
「先生の授業がヘタクソだから成績が悪い」
教科書暗記というフィールドにおいては、そんな言い訳は通用しない。
やるか、やらないか。それだけだ。
とまあ、精神論だけで終わるのもあれなので、
ちょっと効率の良いやり方も書いておく。
それは、耳からひたすら聞きまくることだ。
場所を選ばず学習できるし、何度も目で読むのに比べて労力も少なくて済む。
音読が良いとよくいわれるが、それも、自分の声を耳で聞けるのが良いのだ。
しかし、英語ならまだしも、「社会の教科書本文の音声CDなんてないよ!」
って話になるだろう。
ではどうするか。
当然、自分で吹き込むのである。
ICレコーダーを買えなんて言わない。
ICレコーダーなんかよりもずっと多くの子どもが持っているものを利用する。
それは、携帯電話である。
最近の携帯電話の多くに、ボイスレコーダー機能がついている。
しかも最近の携帯の容量は非常に大きくなっていて、かなり長時間の録音が可能だ。
miniSDカード、microSDカード等の外部メモリが使えるものであればもう言うことなし。
ケータイで通話してるように見せかけつつ、
狂ったように教科書の本文を吹き込みまくろう。
ただし、はたから見ると本当に狂ってる人だと思われかねないので注意。
札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
個人的にはめちゃくちゃ大事なことだと思っているのだが、
世の中的にはあまりまだ区別されていないところであって、
ヘタすると自分が第一人者なんぢゃねーかなんて思っている。
さて、本題。
二種類というのは、ずばり、パスワード系暗記とリンク系暗記である
(と勝手に命名している)。
パスワード系暗記というのは、
昔のファミコンソフトで前回の続きからゲームを始めるときに入力させられた長ったらしいパスワード
(例えばキャプテン翼の「ぬろけぞぜなやぽきずちぷぜべつぼおざぴぶさねえきげぴすたよびぷも」みたいな)のような
覚えにくい言葉や文章そのものを覚える暗記である。
学校の勉強でやることが多いものといえば、
憲法の条文の暗記、古典の名作の本文暗記、円周率の暗記や、
数学の公式の暗記なんかもこれに含まれる。
リンク系暗記はというと、
これは、2つ以上の項目の結びつきを覚える暗記である。
具体的には、英単語とその意味の結びつき、文学作品とその作者の結びつき、
歴史の出来事とその年代の結びつき、地名と地図上の位置の結びつきなどである。
実は、学校の勉強において重要な暗記とは、ほとんどが後者のリンク系暗記である。
「英単語が覚えられないよー」と言っている人は、
実は"agriculture"という単語自体は覚えられるが、
その単語と「農業」という日本語との結びつきが覚えられないのである。
世の中には本当にいろんな暗記メソッドが出回っているが、
それらを用いる際に、2つの暗記を区別して考えることは非常に重要。
例えば「音読すると覚えられるよー」という人は(教師にさえ)とても多いが、
音読が効果を発揮するのは、どちらかというとパスワード系暗記のときである。
リンク系暗記に音読を用いる場合は、
ゴロ合わせを作る、項目の頭文字だけ並べるなどして、
パスワード系暗記へ変換するための作業を間にはさんだほうが効率的だ。
勉強において苦戦させられるのは、たいていリンク系暗記のほうである。
逆にいえば、パスワード系暗記なんて音読しまくれば何とかなってしまったりする。
だから、長い文章を覚えなければいけないときに、
「単語だって覚えられないのに無理だ〜」なんて尻込みする必要は全くないのだよ。
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札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
「集中するぞ」と声に出すべし、みたいな話があった。
これを読んで思い出したのは、中学でやっていた卓球のこと。
部活動でやっていた卓球にはちょっと面白い文化があった。
これはやっていたことのある人しか知らないだろう。
というか全国共通の文化なのかどうかも定かではないが…。
自分や対戦相手がサーブを出す前に「サーッ!」と叫ぶのもなかなか特徴的だが、
さらに面白いことに、調子が悪いときに自分で「集中だ!」って叫んだり、
自分で打った球に対して、「ナイスコース!」と自画自賛したりするのだ。
サッカーでも野球でも、チームメイトのプレイに対して
声を出して賞賛することはあっても、
自分自身のプレイを声に出して褒める競技って、
なかなか他にないんじゃないか。
これは卓球という、極度の集中力と精神力が要求される
1対1で戦う競技特有のものなのかなと、ふと今になって思った。
要するに、団体競技であれば、自分のプレイに対して
「どんまい!」とか「ナイス!」とか言ってくれる人がいるわけだ。
でも、1対1で戦う卓球では、自分しかいない(ベンチにはいるけど)。
それゆえ、自分で自分を励ましつつメンタルを維持しなきゃいけない。
そういう状況におかれたとき、
人は自然に「ナイスコース!」と声に出して自分を励ますようになったんだろう。
そんなこんなで、勉強の話に戻るわけですが、
勉強も基本的には孤独な戦いなわけだ。
大人の勉強は特に孤独だ。
だから恥ずかしがらず、声に出して自分を励ましましょう。
「集中するぞ!」
「計算ミスはどんまいだ!」
「ナイスライト!ナイスガッツ!」
新年をむかえ、今年はあれをやりたい!これをやりたい!っていうことはたくさん思いつくが、
「今年やらないことは?」って考えると、かなり悩んでしまった。
あれもやりたいし、これもやりたいし。
だから計画倒れになるものが多いのか自分・・・。
1.今年は何の戦略、プロジェクト、活動をやらないことにしますか?
(What strategies, initiatives and activities will you say no to?)
2.今年はどんな数値に注意しないことにしますか?
(What measurements will you not pay attention to?)
3.今年はどんな顧客を相手にしないことにしますか?
(What customers will you not target?)
4.今年は誰とつきあわないことにしますか?
(What people will you not keep?)
5.今年は誰と競争しないことにしますか?
(What competitors will you not follow?)
6.今年はウェブから何を削除しますか?
(What will you remove from your web site?)
7.今年は何にお金を使わないようにしますか?
(What money will you not spend?)
8.今年はどのミーティングに行かないようにしますか?
(What meetings will you decline?)
9.今年はどの旅行に行かないようにしますか?
(What trips will you not make?)
10.今年はどんなスライドを作らないようにしますか?
(What slides will you not create?)
11.今年は何を言わないようにしますか?
(What will you not say?)
12.今年はどんなことを考えないようにしますか?
(What thoughts will you not entertain?)
やー、しっかり取捨選択しておかないとダメだなー。
受験勉強においても「やらないこと」を決めてしまうのは有効な戦略である。
私自身が大学受験の勉強をしていたときには、
例えば国語であれば、「漢字」と「文学史」は勉強しないことにしていた。
漢字は昔からかなり苦手であったが、それを克服するための労力が大きいわりに、
入試問題ではたいした点数にならないので、バッサリ切り捨ててしまった。
そのため入試本番でも書けない漢字があったが、
その分の勉強時間を他の分野に割り当てられたので、結果成功だったと思っている
(そのかわり今になって漢字で苦労しているが・・・)。
文学史についても、自分は日本史も選択していなかったし、
本番で文学史の問題が出るかどうかもわからなかったので、
初めから一切勉強しないことにした。
これも結果的には成功であった。
勉強が苦手な人に限って、全分野で均等に点数を取ろうとしてパンクしてしまうことが多い。
ちょっと本題から逸れてしまうが、
性格的に几帳面すぎることが、勉強をする上で仇となっている子どもは少なくない。
授業のノートをとるときも、いちいちペンの色を変えて、定規を使って、
間違えたら修正ペン使って・・・ってやってるうちに先生の話が先にすすんでたりする。
定期テストのときに一緒にノート提出なんて課されたときには、
ノートを作りこむのに一生懸命になって、全然勉強ができてなかったりする。
「やらないこと」を決めて、サクっと物事をこなせる能力っていうのは、
言い換えれば「優先順位を見極められる」っていうことか。
これは大人になってからも非常に重要な能力ですね。
「何かを得るためには、何かを捨てなきゃいけないんだ」
なんて、ちょっと大人の階段をのぼっている気がするぜ・・・。
参考
まず、今年やらないことを決める(シゴタノ!)
「しないことリスト」で考えてほしいこと(My Life Between Silicon Valley and Japan)
勉強する教科や内容によって筆記用具を変えるということが書いてあった。
その中で、算数・数学の計算については、
シャープペンシルではなくて万年筆を使うのが良いと書いてある。
万年筆で筆算をすると、消しゴムで消せないので丁寧に書く
→桁がきちんと揃う
→計算ミスが減る ということ。
これにはとっても同意!
私も以前から同じように考えております。
(自分の場合万年筆じゃなくてボールペンを勧めてたけど)
でもその理由については、ちょっと違った。
私が考えていたのは、主に以下の3つ
1. 途中計算を消せない
答えを出す途中の計算を消してしまいたくなる子どもは多いが、
途中計算は、間違いに気づいたときにどこで間違ったか検証する際や、
自分のミスの傾向をつかもうとする際に役に立つので
絶対残しておいたほうがいい。
そういう意味で、消しゴムで消せないボールペンが良い。
2. 字が濃い
シャープペンシルよるボールペンのほうが書いた字が濃くなるので、
視覚的に強く印象づけられる。
だから計算に限らず、暗記のための練習もボールペンで書くのが良い。
3. インクの減りが学習量の目安になる
ボールペンのインクがどれだけ減ったかを見ることで、
どのくらい勉強したかを測ることができる。
インクを使い切ったボールペンも、見える場所に置いておけば、
「これだけ勉強したんだ」っていう自信にもなる。
でも、「消せないからきちんと書く→ミスが減る」っていうのも
確かに納得できるなぁ。
算数に自信のない生徒は計算するとき、きまってうすーい「幽霊文字」を書いたり、小さな字を書いたり、斜めに書いて計算したりしていました。そして、答案を持ってくると、必ず、こう言うのです。
「自信はないですけど……。きっと間違えていると思います。」
↑これ!すごくわかります。
確かに、万年筆を使わせることで解消できる部分もあるかもしれない。
関連エントリー:
・家庭学習のお供 ボールペン
札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
詳しくは上記リンク先を参照してほしいが、
ノートのページを「ノート」、「キュー」、「サマリー」の3つのスペースに分けて使うという方法。
受講中は右上の「ノート」の部分に講義内容を記録し、
講義後に左上の「キュー」と、下の「サマリー」部分を記入する。
基本的に大学の講義を想定しているもののようであるが、
高校までの教科のノートとしても普通に使えそうな感じがしたので、
試しに、ナポレオン・ボナパルトの登場からをこのコーネル式でまとめてみた。
↓クリックで拡大

右上の「ノート」部分は、記号や略記を駆使してとにかく簡潔に書くということらしい。
ところどころオレンジ色になっているのは私仕様で、
こうしておくと赤のチェックシートをかぶせて復習するのに便利なのだ。
左上「キュー」には、ちょっとした質問事項、記憶の手がかりになることなどを書くらしい。
私は単純に、キーワードを拾い書きしてみた。
「ノート」部を隠してこの「キュー」のキーワードだけを見て、
細かい内容が思い出せるかを確かめるという方法は、復習に大変便利そうである。
下の「サマリー」は、なんといってもサマリーだから、簡潔に書いてみた。
これくらいなら毎授業後に書くことも負担にならないし、
後から「サマリー」だけ拾って見直せば、流れをつかむのには良さそうだ。
このコーネル式の方法が良いのは、
なんといっても、復習のしやすさに重点をおいたノートになっているところだと思う。
ノートは授業中に書いたらそれで終わりではなく、
後で見直すことにこそ価値がある。
そういう意味でこのコンセプトにはすごく賛同できる。
なかなか便利っぽいので、ぜひお試しください。
参考
講義ノートの取り方と復習のコツ (ITmedia Biz.ID)
関連エントリー: ノートを見直させる工夫
札幌だけの家庭教師「考動力研究会」


