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[洋楽英語]Jamiroquai "Stillnes In Time"  
2008.03.31 (Mon)
ジャミロクワイ、The Return of the Space Cowboy収録の"Stillnes In Time"より。

 People find it hard to be strong
 'Cos they don’t know where they’re coming from.
 There was nothing left to do but hang on
 For that stillness in time.



ちょいと長めだが順番に見ていこう。

1行目。
"find + O + C"で、「OがCだとわかる」なんだけど、
この"it"は「仮目的語」であって、"to be strong"がこの"it"の正体です。
全体で、「peopleはto be strongがhardだということがわかる」という感じになる。

この"find it [形] to do"「doするのは[形]だとわかる(思う)」っていう形はけっこう頻出。

2行目。
"'cos"っていうのは、="because"です。
歌詞では"because"が頻繁に'causeとか'cosとかに略されるんですな。
こういうのは学校では教わらないから、意外に歌詞を訳すときにつまづくところなんだな。

3行目。
"There is/are 〜."で「〜がある(いる)」はよいでしょうか。
"there was nothing left to do"だと、「できることは何も残されてなかった」となるんだけど、
"nothing but 〜"「〜だけ」(="only")になる。
"hang on"は「しがみつく」→「がんばりぬく」みたいな意味になるので、
全体で「残されたできることはがんばりぬくことだけだった」という感じになります。

4行目。
"stillness"は「静けさ・静寂」。
"stillness in time"はそのまま訳せば「時の中の静寂」となる。
でも"in time"で「そのうち・やがて」という意味になったりもするんだよなー。
だからもしかしたら「やがて来る静寂」としたほうがいいのかも。


全体でこんな感じです。

「人は、強くはなれないと気づく
 自分たちがどこから来たのかもわからないから
 がんばることしかできなかった
 時の中の静寂を求めて」



あれ…日本語にしたら意外とかっこよくならないな(汗)

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教えてダンコーガイ!学生の学びと社会人の学び  
2008.03.30 (Sun)
先日のエントリーで、学生と社会人の違いとは何か?と問いをたてておいて、
「結局学生も社会人も同じなんだよ」みたいなどうにもならない結論を述べて終わっていた。

今回、小飼弾氏が2008年度の新社会人が読んでおくべき12冊のまとめとして、
学生と社会人の最大の違いは「責任と自由」であるとおっしゃっていたのを受け、
いま一度、学生と社会人の「学び」の質の違いについて考えてみようと思った。

えらい人のありがたい挨拶では「自由と責任」とされることがほとんどだと思いますが、私はあえて逆に言います。
たしかに責任は重大です。学生ならたかだかテストの点数で済む失点が、社会人では報酬に響きます。回答の重みがまるで違うのです。しかし、社会人にはそれを上回る自由があります。学生ならカンニングにあたる行為は、社会人であればむしろ賞讃される行為。教室でググったら落第かもしれませんが、職場でググらなかったらあなたはググレカスです。どんな知識をどこから仕入れ、それをどう知恵と変えるかは、すべてあなたが決めていい。もちろんどんな本をどのように読むかも。


なるほどねって感じです。
以下私の考え。


◆知識はどう覚えるかより、どう使うか

小飼氏が「教室でググったら落第だが職場でググらなかったらググレカスだ」とおっしゃるように、
学校では、知識をどれだけの精度で身につけているかを問われることが多かったが、
社会では、その知識をいかに活用するかが問われる。
極端に言えば、必要に応じて仕入れれば済む知識に関しては、覚える必要すらない。

どんなに多くの知識を身につけていても、
例えば物理の知識を物理の枠組みの中でしか使えないのであれば、
その人に専門書以上の価値はない、ということ。


◆個人の成績より全体の成績

学校では、少なくとも勉強に関していえば、常に個人である自分の成績だけが問題とされてきた。
「うちの学校の世間的な評価を上げるにはオレが勉強しないと!」なんて生徒は普通いないだろう。

しかし、社会で働く上では、自分の成績を上げることが
どのようにしてその企業の業績を上げることに繋がるか
(さらには、それが社会全体をどのように良くするか)を常に意識すべきだ。

集団としての成果に集中できない人間はBクラスになる。


◆皆が生徒であると同時に教師にならなくてはならない

学校では、一方的に先生からの教えを受けていればよかった。
友人が勉強がわからずに困っているときに教えてあげることは、義務ではなかった。

しかし会社では、好むと好まざるに関わらず部下を持つことになる。
自分が教わった内容は、自分で下へ教え継がなくてはならないのだ。


◆挙手しないと当ててもらえない

学校では、手を挙げなくても答える機会を先生が作ってくれたかもしれないが、
会社で働く中では、自分から手を挙げないとチャンスはまわってこなくなると思うべし。

「今日は10日だから・・・社員番号10番のあいつに頼むか」なんてことにはならないのである。


◆「わかりません」では済まされない

学校の授業では、当てられても「わかりません」で済まされることも多かった。
テストの答案を空欄のまま出しても、低い点数をつけられるだけだった。

しかし社会ではそうはいかない。
なぜなら、リターンが保障されてしまっているからだ。
給料をもらうことが前提になっているから、その分の仕事はしなければならない。


◆答えは無い

学校と社会の学びの質の違いはこれに尽きる。
社会で直面する問題の多くに、あらかじめ正解は用意されていない。

自分がその時点でベストだと思う解答を出し、
後から振り返ってみて、より良い答えがなかったものかと考える。
その繰り返しである。



社会人と学生は本質的には何も変わらないはずだと言っておきながらも、
「学び」の質の違いという意味で考えれば、他にもいくらでも挙げられそうだ。

ただ自分としては、上記のようなことからすぐに
「結局学校の勉強なんて、社会に出たら役に立たないんだ」
という結論には持っていきたくない。

ただ、小飼氏の以下のような言葉を見ると、
学校教育なんて、しょせんお遊びみたいなものと感じられてしまうのかななんて、
ちょっと考え込んでしまったりする。

社会人に、ようこそ。本物の学びが、今はじまるのです。



学校で勉強したことが役に立たないなんて決して思わないけど、
じゃあ具体的には、どういう部分が今の学校教育の強みなんだろう?

社会に出てから気づく学校教育のありがたみってなんだろう?
(読み書きからしてそうだといえばそうだけど…)


子どもたちが社会でマッチョに生きていけるようになるために、
教育者が本当に教えるべきことは何なんだろう?


教えて!ダンコーガイ!



関連エントリー
 「Bクラス理論」:Bクラスとは、成果に集中できない人のこと
 「ぜってーチクんなよ、女子。」
 学生と社会人の違い

 参考
2008年度の新社会人が読んでおくべき12冊 (404 Blog Not Found)
edit |  03:53 |  我思う  | トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
家庭教師業界における高額教材販売の手口  
2008.03.29 (Sat)
静岡県で「家庭教師のフレンズ」を名乗って営業していた有限会社ウィルが、
違法に高額教材を販売していたとして、業務停止処分を受けた。

高額教材を違法販売  家庭教師派遣業者を3カ月の業務停止処分(中日新聞)

 静岡県は18日、高額な学習教材を不適切な方法で販売したとして、特定商取引法に基づき「家庭教師のフレンズ」を名乗って営業している家庭教師派遣・学習教材販売のウィル(静岡市葵区昭和町)に対し、19日から3カ月間の業務停止にすると発表した。

 県民生活室によると、ウィルは学生の家庭教師を派遣する際、学習教材をセットで販売。ちらしやダイレクトメールには「家庭教師を無料派遣する」と記載していた。

 教材販売の目的を明らかにしないまま営業担当者が家庭を訪問し、家庭教師だとうそをついたケースがあった。契約内容や教材の単価を記載した書類を、契約時に相手に渡さないといった違法行為もあった。契約金額は平均で43万円、最高では109万円だった。




この件が、静岡県のホームページで
特定商取引に関する法律第8条第2項及び第47条第2項の規定に基づく公表
として公表されていて、勧誘事例がわりと具体的に紹介されていたので、
同じような手口にひっかからないように参考にしましょう。

Xは、「じゃあお母さん、月々の負担は25,000円くらいになりますが、よろしいですか?」と言った。Aは、電話帳やインターネットで調べたときの時給から、月15,000円くらいと思っていたので、<何でこんな値段かなー。高いな。>と思いながらも承諾した。

Xは、「月々9,000円の教材費がかかり、36回払いです。」「理系希望なので数1 〜数3 までの27冊セットです。」と初めて教材が必要だと話し始めた。Aが、「うちの子は宿題が多く、やる暇がない。」と伝えると、Xは、子どもに「教科書をやるより、このテキストは教科書に沿っているから、これをやるといいよ。」と1冊の教材を見せながら、「僕が教えている子にも毎日宿題を出している。これをやる方が自分で予習をやるよりもむしろ早い。」と説明した。

Aは、契約書を見て初めて教材の総額が分かり、「一括払いにすれば安くなりますか?」と聞くと、Xが「一括にしても値段は変わらない。」と言うので、<なんだか変だな。>と思った。


ポイントは、料金体系が不明瞭で、契約時まではっきりした金額がわからないという点と、
高額の教材を小額に分割して長期間かけて支払わせるという点。

いきなり明日何十万円払ってくださいと言われて契約する家庭はなかなかないが、
授業料に上乗せされると「仕方ないか」という気分になりやすいのかもしれない。


Bが値段を聞くと、Yは、「国・数・英は1教科3,000円、社・理は2教科で4,000円です。」「教材は、月々13,800円です。家庭教師は、お宅の場合は1週間に1回、時間は1時間半でいいと思います。1週間1回1時間半として、金額3,000円を設定して、合計25,800円です。大丈夫です。塾へ行かせるより安いですよね。」とメモ紙に毎月の支払金額を書いて説明した。Bは、月にかかる金額が高かったので返事をしないでいたが、子どもが「やらしてもらいたい。」と言ったので、契約することにした。Yは、契約書面を取り出し、商品名、金額、支払方法を書いていった。Bは、このとき初めて、この教材の支払総額が496,800円と高額で、支払回数が36回払いのローン契約であることが分かりびっくりした。

Bは、<子供をその気にさせて、家庭教師の時間を設定し、3,000円から始めて、月25,800円をアピールして、実際は高い教材をローン契約で買わせるような売り方>に不信感を持ち、契約日より一ヵ月以内の違約金として、商品代金の15%の74,520円を振り込み、解約した。


営業マンは自分から教材の総額を言わず、分割払いで月にいくらかということだけ言うわけです。
さらに、高額の違約金を設定しておいて、簡単に解約する気にさせないようにしている、と。


Zは、「毎日の予習・復習は大切だけど、いくら時間をかけてやってもだめ。」「私たちが教えるときはいいけど、いないときはどうする?そういう時にとってもいい教材があるの。」と言って、教材を取り出し、「5分から10分で予習・復習ができちゃう。重要なポイントが、毎日の授業で一か所ある。このページで重要なところは分かる?」「それがどこかわかるようになるから。ほら、ここを見れば要点が書いてあるから。」と説明した。

「こんなに高いんですか。」「教材は本屋さんに売ってないんですか?」と聞くと、Zは、「これは分かりやすくなっていて、特別にお願いして作ってもらっているので、どこにも売っていません。」と言った。


結論。
楽して全てうまくいくような、そんなウマい話はまず無いと思っておくべし。

そしてこれははっきり言っておきたいが、
塾や家庭教師の業者オリジナルの教材が
市販の教材よりも格段に素晴らしいことなど、まずありえない。


そんな素晴らしい教材があるなら、市販したって売れるんだから、そうしているはずだ。
実際予備校講師とかは自分で参考書を書いて出版してる。

市場に並んでいるものは、それなりに淘汰されながら生き残っているものなので、
市販の教材にも十分質の良いものは多い。

そして価格も適正である。
業者オリジナルの教材に高いお金をかけるくらいなら、
同じだけのお金で買えるだけ市販の教材を買いこんで、
使い比べながら自分に合うものを見つけたほうがずっと有益である。


高いお金を払ったからといって、全てを解決してくれるような
そんな万能の教材など無いものだと心得ましょう。



札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
edit |  00:58 |  家庭教師業界話  | トラックバック(0) | コメント(2) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
[洋楽英語]Foo Fighters "Learn To Fly"  
2008.03.27 (Thu)
Foo Fighters、There Is Nothing Left to Lose収録の"Learn To Fly"より。

 Make my way back home when I learn to fly.


これは相当かっこいいぞ。


まずこの文、動詞から始まっていますが、命令文ではありませぬ。
英語は基本的に主語を省略しない言語なんだけども、
歌詞の場合はけっこう省略してしまうのだ。
この場合も、"I"(I'll?)が省略されてる。

"way back home"っていうのは「帰り道」のこと。
"make my way back home"は、さらっと訳してしまうと「家に帰る」ですね。

learnは「学ぶ」というより、「身につける」とか「習得する」と覚えたほうがわかりやすい。
"learn to 〜"は、「〜できるようになる」という意味。


なので、かっこよく訳すとこんな感じ。

「飛び方を覚えたら家に帰るよ」


洋楽英語、早くも4つ目。
意外とネタはあるもんだ。


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edit |  00:54 |  洋楽英語  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
メーラーデーモンめが  
2008.03.26 (Wed)
なんか、1/1 0:00の日付でMAILER-DEAMON@softbank.ne.jpから
携帯(au)にメールが来た・・・。
「指定された送信先はエラーのため〜」とかいって。
何ですかこれは??

いつかソフトバンク宛てに送ったメールが実は届いてなくて
今頃になって戻ってきたってことなのかなぁ?
いつのメールだか全然わからん・・・。

あるいは何者かがマイアドレスを偽ってメールしてるのか。

あるいは、↓これかぁ?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2591520.html


edit |  23:58 |  その他雑談  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
[洋楽英語]Eric Clapton "Tears in Heaven"  
2008.03.26 (Wed)
多少教科書的(?)だけど、仮定法過去をとりあげるには
これほど良い教材もないでしょう。

エリック・クラプトン、Unplugged収録の"Tears in Heaven"より。

 Would you know my name if I saw you in heaven?
 Would it be the same if I saw you in heaven?



「仮定法過去」と呼ばれるように、
「現実と反対の仮定」「実現しそうにない仮定」を表す場合は、
 if+S+過去形 〜, S+would(could/should/might) 〜.
で表し、「もし〜だったら、〜なのになぁ」と訳します。
今回のフレーズは、その疑問文の形。

ちなみに、2行目の主語"it"は、前回もやった通り、特別意味のないitですね。


訳すと、こんな感じ。

「もし天国できみに会ったら、私の名前を覚えていてくれるだろうか?
 もし天国できみに会ったら、何も変わらないままだろうか?」



有名だけど、これはクラプトンが事故で亡くなった息子に捧げた歌。
息子に捧げるために歌ってた以降、最近は全く歌っていないことでも有名。

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edit |  00:09 |  洋楽英語  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
札幌のまちの教育屋  
2008.03.24 (Mon)
先週末は、家庭教師のVamos !の今野さんと沖縄料理店にて会食。
いやー、このお忙しい時期にお時間とっていただいて感謝っす!

それにしてもアツい人に出会ってしまった。
本当に生徒たちがかわいくてたまらなくって仕事してますって感じ。


一度、指導先の家庭のご主人が酔っ払って
「うちの子どものバカの病気は治ったか?」とか言ったとき、

「あんたの子かもしれないが、同時にオレの教え子だ」
と言ってキレたという・・・。

すごいなー。きっと自分にはできない。

ただのアルバイトとして働いていた学生時代ならまだしも、
今では立場とか責任とか、いろいろ考えてしまうなー。

なんて、想いだけで動けなくなっていることに改めて気づかされた。

雑念多いわ、雑念。


愛だろ、愛っ。







札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
edit |  22:07 |  家庭教師業界話  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
教育人間塾:世話の字の義  
2008.03.24 (Mon)
恐れ多くも先生からご期待いただいているようなので、
今回もまとめます、学問のすすめ@教育人間塾。

第2回は「世話の字の義」について。


福沢曰く、「世話」には2つの意味がある。
ひとつは「保護」、もうひとつは「命令」

「保護」とは、人の傍について、財物を与えたり時間をかけたりして
その人の利益や面目を失わせないようにすること。

「命令」とは、その人のためになることを差図(指図)し、
その人のためにならないことに異見を加え、
心の丈を尽くして忠告すること。

おおかたどんな人間関係でも、世話をするか、世話をされるか、
あるいはその両方が含まれているものだ。
先生と生徒の関係然り。
親と子の関係然り。
国家と国民の関係然り。


「保護」と「差図」とは、ふたつながらその至るところを同じくすべし!

「保護」を求めるなら、「差図」も受け入れるべきである。
「一身独立」できずに、人から何らかの恩恵を受けているにもかかわらず、
「保護」のみを要求して「差図」するななどということはもってのほか!

また、人に「差図」をするのは、「保護」の届く範囲でなければならない。
「保護」もせずに「差図」だけをするのは、まさしく「大きなお世話」である。

逆に、「差図」もできずに「保護」だけを与えているのは、
5升の米をもらえば3升は酒にして飲んじゃうような者に、禁酒もさせずに米を与えるようなもので、
「大きにご苦労」である。


福沢のこのような考え方が、「名分をもって偽君子を生ずるの論」につながっている。
身分や権威の上にあぐらをかいているようなやつぁ「偽君子」だと。

大人と大人の付き合いは「他人」と「他人」の付き合いなのだから、
対等な規律があってしかるべき!
(とはいうけど、人の交際は「和して真率」なんだよなぁ。このへんが深い)


本題に戻りまして。

当日の議論では、今の社会は「保護」と「差図」のバランスが崩れていて、
「保護」ばかりを要求する人間が多い、というような話があった。
(クレーマー、モンスターペアレント etc.)

でも個人的には、それって相手の顔が見えづらくなってるだけだと思うんだよなぁ。

自分が誰からの「保護」を受けているかがわかりづらくなっていて、感謝の対象が見えにくい。

子どもも学校で権利ばかり主張するとかいうけれど、
家庭教師のように1対1で相手が見える状況では、
「差図」も受け入れてくれるし、ちゃんと感謝してくれてますよ、子どもは。



関連エントリー
 教育人間塾:「人望のある人」とは

edit |  00:46 |  我思う  | トラックバック(0) | コメント(6) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
[洋楽英語]Rage Against The Machine "Guerrilla Radio"  
2008.03.19 (Wed)
洋楽英語、2発目はレイジ。
The Battle of Los Angeles収録の"Guerrilla Radio"より。

 It has to start somewhere.
 It has to start sometime.
 What better place than here?
 What better time than now?



"has to"は、もとはhave toなので、「〜しなければならない」ですね。

"it"はこの場合、特定の何かを指してるわけでないので、特に訳す必要なし。
こういう意味のないitはけっこう多いのだ。
「What time is it?」のitとかも意味ないよね。


"What better place than here?"は、be動詞がないけど、
直訳すると、「ここより良い場所はどこですか?」
だけど、ここでは「反語」と考えましょう。
高校古文風に訳せば、「ここより良い場所があるだろうか?いや、ない」ってことだ。
次の"What better time than now?"も同じ。


訳すと、こんな感じ。

「どこかで始めなければならない。
 いつかは始めなければならない。
 ここより良い場所があるか?
 今より良い時があるか?」



かっこいいねぇ。

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学生と社会人の違い  
2008.03.19 (Wed)
学生団体コンパスとしての活動が、初年度はひとまず終了。

締めくくりとしての、「コンパスってそういうことだったのか会議」という大会議を終え、
ある者は社会へ巣立つべく、ある者は自身の就活へ専念するべく、
みなそれぞれの道へ歩きだした。


最近、ふと「学生と社会人の違いって何だ?」と考えることがあり、
学生たちとの飲み会のなかで、聞いてみた。

ある人は「責任の重さじゃないっすか?」と言った。

ある人は「付き合う人を選べるか選べないかじゃないですか?」と言った。

またある人は「時間の価値じゃないですか?」と言った。

なんか、どれも合っている気がするが、どれも本質ではない気もする。
学生だって責任を背負っている人はいるし、
不特定多数と活動を共にしている人もいるし、
一刻一秒を惜しみながら生活している人だっている。


じゃあ答えはっていうと、自分では「社会に貢献しているかどうか」かなとか思った。

でも、たぶんこれも本質じゃない。
学生だって社会に貢献していないわけじゃないと思う。
うーん・・・。


そこで逆に、学生と社会人の共通点は何だろうと考えてみた。

この答えは簡単だ。

それは「人」であるということ。


だから結局、学生も社会人も変わんないんだよっていうのが自分の中での結論。
だって人なんだもの。

社会に出れば、周囲の環境や、文化や、生活条件は変わる。
同年代で気が合う人とばかり交流するわけにはいかないかもしれないし、
「ビジネスマナー」というお約束を身につけなければいけないかもしれないし、
一定水準以上のお金を稼がなければいけないかもしれない。