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教育人間塾:「人望のある人」とは  
2008.03.09 (Sun)
7日からスタートした、「教育人間塾」に参加。

教育大の前学長村山氏の主催で、現役の校長やら、教員やら民間人やらで
福沢の「学問のすすめ」を読みながら、教育の本質について議論するアツい会だ。


第1回は「人望論」。

福沢曰く、「人望」のある人とは、人に当てにされる人であり、
「たしかなる人」(=しっかりした人)である、と。

その人望の中身は3つ。

一、言葉
・文章も大事だけど、人に会って自分の考えを伝えるにも、「言葉」以外にないよね。
・用いて不自由なき言葉を用いずして不自由するは、必竟演説を学ばざるの罪だよね。

ニ、顔色容貌
・人の顔色は家の門戸と同じ。君子きどりでことさら渋い風にするのは
 戸の入り口に骸骨をぶら下げて、門の前に棺桶を置くようなものだ。
 誰も近づかないよね。
・「虚飾」じゃないよ。「和して真率」が交際の要だよ。

三、交際
・学者と医者、町人と役人など、「立場が違えば知らん振り」はやめよう。
・旧友を忘れないだけでなく、新友を求めよう。
 10人に会って1人の良き偶然に当たるなら、20人に会えば2人の良き偶然を得られるよ。


このことに関して、「交際の機会を増やすことで言葉も磨かれる」とおっしゃった人がいた。
交際の機会が減っているから言葉も失われると。

これにはすごく同意できる。

自分の場合、小さい頃は友達と遊ぶために友達の家に電話をかけるときというのが、
幼い自分が「他人」である大人に自分から言葉を投げかけねばならなかった機会であり、
ある種のハードルであった。

「○○ですが、××くんいますか?」が原点。

それが成長するにつれ、
「○○と申しますが、××くんいらっしゃいますか?」
「△年□組の○○と申します。こんばんわ。××くんはいらっしゃいますか?」
と、進化を遂げていく。

ヤブンすいません」
オコトヅテお願いします」

と、覚えたての言葉を取り入れてみたりもする。
すると、その友人の家に行ったとき、お母様からの印象が良くなってたりする(笑)

携帯電話の普及によって、こういう機会が失われる。

子ども同士で直接連絡がとれるのは「便利」なんだけど、
「不便」の周辺にあった「交際」も一緒に失われてしまう。


というか、グラウンディングラボの都丸さんがすでにもっといいことをおっしゃっているので、
そちらを引用させていただきます。

100円 < お願い

地域のお祭りをやる意義って、地域の人同士がお願いをし合って、お礼を言い合って、日常で挨拶をするようになることだと思う。だけど、モノが豊かな現代は100円ショップがお願いする機会を奪ってしまっている。ハサミ、ガムテープ、ビニールヒモ、菜ばしetc...ちょっとしたものをお願いして借りるよりも、100円で買って捨ててしまったほうが気が楽なのだ。

モノを貸し借りすることを通じて、流通していた有難うというやり取りが少なくなっているんだなぁと実感。




福沢から学ぶこと、まだまだ多し。

edit |  11:02 |  我思う  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
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