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340m/sで自分の声を聞きながら移動するという発想力  
2008.09.30 (Tue)
つくづく。
子どもらのイマジネーションはハンパない。


音速は秒速約340メートルっていう話をしてるときに、
「じゃあ秒速340メートル出せる乗り物があったら
自分がしゃべった声をずっと聞きながら移動できんじゃね?」

とか言ってくる。


またあるときは、
「『目が回る』って、本当に目玉が回ってるんですか?」とか聞いてくる。
よくアニメであるような、
目玉がグルグル回っているような様子をイメージしているのだろう。

「『目が回る』っていうのは、比喩だからさ」
って言っても納得しない。
ちょっと回ってみてくださいとか言われるがまま、
回転するイスに座ってグルグル回されるはめになる。

十分に目が回った後、私の目を覗き込んで生徒が爆笑。


「まわってるwwwまわってるwww」

その子曰く、小刻みな感じで眼球がオロオロするらしい。
これにはおったまげた。


何にでも疑問をもつことが大事だとか言ったって、
意識して疑問をもとうとするというのはなかなか難しい。

彼らはそれを意識せずにやっているのだ。

ただ純粋に気になる。
ただ純粋に不思議に思う。


そんな当たり前のことが、成長の過程で抑圧されていく。
もしかしたら、それらは学校のテストで問われないからなのかもしれない。

おおよそ世の中の疑問には、簡単に答えの出ないことが多い。
なぜ我々は生まれてきたのか。
なぜ社会は経済の原理で動き、
なぜお金のために働くことを強いられるのか。

それゆえそれらは学校のテストでは問われない。
明確な正解を設定できなければ、点数によって比較することができないからだ。

我々は小さいときから「正解集」を覚えることに多くの時間を割き、
正解のない疑問に頭を悩ます時間は犠牲にされる。


とはいえ、そんな教育制度の中にあっても、
教師一人ひとりにはできることがある。

しばしば言われていることだが、
生徒の「疑問」を大切にしてあげることだ。

常に正解を覚えさせねばならない世界に身を置きつつも、
それとは違う世界もあるのだよということを敢えて強調し続ける。


以前、教師学のススメの中で、
フィンランドの教育を引き合いに出して、
「日本でも、生徒の疑問を中心に据えた授業をすればいいのに」
「いや、でも日本の教師にそんな知識も力量もないでしょ」
みたいな話がちらっと出たことがあったけど、
別に、生徒の疑問全てに教師が答えられる必要は全くないんだよな。

むしろ、先生にも(その先生の専門分野であっても!)分からないことが
世の中にはたくさんあるのだということに気づくことだって重要だろう。


生徒の疑問を大切にするっていうのは、
必ずしも教師が疑問に答えてあげることではなくて、
軽視したり、呆れたり、ないがしろにしたりせず、
問題意識や不思議感を共有しようとすることなのかなと。



札幌だけの家庭教師「考動力研究会」


edit |  08:54 |  家庭教師業界話  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
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