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恐怖がなかったら何をする?  
2008.11.15 (Sat)
チーズはどこへ消えた?』は、ちょうど自分が高校生のときにやたら売れてて、
読みやすそうだしタイトルもキャッチーだしで読んだ記憶がある。


今読むとまた違った感想を持つと思うけど、
当時の感想は、「内容薄っ!!」って感じだった。

なんでこんな内容の薄い本が売れているのか不明。

売り文句として、
「この本を読んで何も感銘を受けない人は、
 まだ大事なことに気づけるレベルに達していない人だ」
みたいな、言葉は違うと思うけどそんなようなことが書いてあって、
その文章もまた、要するに「はだかの王様」方式で売れてるだけじゃねーのかと
小生意気なティーンエイジの自分を冷めさせた。


そんなわけで読んだ内容とかも、ほとんどはすぐに忘れてしまったのだが、
ひとつだけ、何か心にひっかかりがあってか、
今に至るまで覚えていることがある。

それが、「もし恐怖がなかったら、何をするだろう」みたいな言葉。

自分でも気づかぬうちに、恐怖心によって行動を変えていないだろうか。
もし恐怖がなかったら、しようとすることは何だろうか。


PRGで冒険の書を進めるような感覚で人生を進めていけたら楽だろうなとか
そういやその頃考えてた気がする。

王様に「ゆうしゃよ、魔王をたおしてまいれ!」とか言われて、
自分は意気揚々と「はい」を選択するけれど、
もしも自分が本当に勇者の立場にいたら、ゼッタイに恐い。
魔王に魔法で攻撃とかされようもんなら、ゼッタイ熱いし。

だとしても、勇者の選択としては、やっぱりそこはYESしかないわけだ。
王様や普通の村人には不可能なのだから。

そこで勇者の選択としてはYESしかない、ということが、
プレイヤーの立場からならば、明確にわかる。
それは恐怖心がないからだ。

もしも、自分が恐怖心で行動を変えようとしてるんじゃないだろうかって思えたときは、
RPGだったら自分はどうやって進めるかな、ってことを考えてみてもいいかもしれない。



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