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主体性  
2007.07.03 (Tue)
昨日は英語教室を経営されている方とお話をさせていただいた。

小学生に入る前の児童英語から中学生の英語まで教えられている方であるが、
最近の子どもの傾向として、問題にしておられたのが、
「主体性」のなさ。

あれをやって、これをやってと言われたことはきちんとやるが、
「なんのためにそれをやるのか」ということを考えない。
それ故、言われたことしかやらない。

小学校に入学するまでは、なんでも興味を持って自分から行動していた子でも、
小学校に入った途端に指示を待つ姿勢に変わる子が多く、
学校では、それが「良い子」と評価されるのだろうということを
大変危惧しておられた。


そういった話を聞ききながら、
大学生であっても状況は全く変わっていないなーと考えていた。

講義の内容をきちんと聞いて、
テストなりレポートなりにそれを反映させれば「優」(あるいは「秀」)。
それで定められた単位数を取得すれば卒業。

そういう評価制度は高校までとなんら変わりないし、
そうでなければ、
「講義を聞いていても単位が取れないなんておかしい」と
学生(またその親)から苦情が出るところだ。


もちろん、大学なんて自分で勉強するところだから、
成績の評価なんてものはミニマムの仕組みでいいと思う。

だから今の大学の制度でも別にそれはそれでいいと思う。
大学生になっても学校に何から何まで面倒見てもらおうなんてほうがお門違いである。


問題は、学生自身がそのことに気付けているかどうか。

与えられるものを最低限のレベルとして、
プラスアルファを自分で見出して動くことができるか。

もちろん、企業もそこを見ている。

いくら売り手市場といっても、その他大勢の学生は別に欲していない。
プラスアルファを持っているか。
自分で考え、自分から動くことができるか。



それが考動力

というまとめ。




札幌だけの家庭教師「考動力研究会」



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