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危うきに近寄らずでは、何が危うきか判断できるようにならない  
2009.03.16 (Mon)
「俺ね、5年以内に起業して年収1000万超えるから。」を読んで、
前から思っていたことについて少し。

タイトル通り。
危うきに近寄らずでは、何が危うきか判断できるようにならないと思うのです。

悪徳商法に対する日本人の消費者としての対策って、
とても「危うきに近寄らず」的だと思う。
たとえば「セールスお断り」っていう貼り紙なんて、
「セールスされたら断る自信がないから勘弁してください」って
言っているようなものじゃないか。

変なものを売りつけられないように勧誘の話を避ける、
基本的においしい話なんてないものだと思っておく、
それが対策だというのが一般的な認識になっている気がする。

でも、それではいつまでたっても、本当に怪しい話と本当はおいしい話とを
区別できるようにはならないだろう。


例えば上記記事の著者自身は、消費者レベルが高いといえばいいのか、
意識が高いといえばいいのか、とにかく賢明なので、
騙されない自信があるため、怪しいとわかっていながらも
最後まで勧誘者の話を聞き、あわよくば目を覚まさせようとしている。

だが、例えば「Kの母親」はそうではない。

 あらかた連絡は終えたのだが、唯一連絡が取れないのが先日Dとの会話で名前が出てきたK。実家に電話するとK母が出たのだが、「Kはいません」「夜遅くて、いつ帰ってくるかも分かりません」とのこと。またかける、と伝えて切った。

 翌日、また電話してみる。やっぱりいないとの事。自分の電話番号を伝えて折り返し電話をもらえるように頼む。その日はかかってこなかった。

「ひょっとして最初に俺がした電話って、Kのお母さんに悪徳商法だと思われてたんじゃない?」
「大丈夫、今回の件で誤解はとけたから」


子どもを心配する気持ちから、著者からの電話を警戒し、
息子へ取り次がないようにした。
つまり、怪しいのでとりあえず接触を避けたのである。

そうした母の保護のせいかどうかわからないが、
それまでそういう怪しい話への接触の機会をもつことがなかったKは、
避けられなかった接触において、あっさり契約してしまうことになったのだ。


和田秀樹氏も、『頭をよくするちょっとした「習慣術」』で、
疑い深い人のほうがかえって騙されやすいと書いている。

ところが普段から「疑い深い」人は、「疑うべき」ポイントが分かっていないことが多い。結婚詐欺でも、豊田商事でも、何やかやと親切にしてもらっている段階で疑ったって意味がない。何かを要求されてから疑えばいいのだ。



たしかに、真剣に話を聞いていたのに、急に相手が
「まず50万必要なんだ」とか言い出したときには、心底ガッカリするだろう。
時間を無駄にしたなーとも思うだろう。

でも、そういう経験を繰り返す中で、本当に怪しいものと
そうでないものとを区別する能力がついてくるんだと思う。



関連エントリー:
不必要に疑わない習慣をつける
自己責任
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