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単位と身体感覚  
2009.06.15 (Mon)
小学生にメートルやリットル、グラムといった単位について教える際には、
何よりもまず、その「大きさ」の感覚をつかませることが重要。

10cmといえば、親指と人差し指を広げて、これくらい。
500mlといえば、ペットボトル1本分。
1gといえば、1円玉1枚。
そういう身体感覚の習得である。

そういう感覚が身につけば、1m = 10cmなんて間違いはしなくなる。
「Aさんは○○km離れた駅に何分後に着くでしょう?」みたいな文章題でも、
極端におかしい答えがでたときには、なんか変だぞと気がつけるようになる。


ところで最近は、テクノロジーが呆れるくらい急速に発達するせいで、
単位に身体感覚を持つことが段々難しくなってきた。

例えばインターネットの回線速度。
私くらいの世代だと、PCを使い始めたときからADSLで
8Mbpsやら12Mbpsやらだったという人も多い。

私自身は、幸いにというか、最初はAir H゛の32Kbpsだった。
32メガでない、32キロである。
だから、いってみれば、32キロの身体感覚を持っている。
はっきりいって、32キロでも、ネットサーフィンくらいは
さして不自由なくできるのである。

こういう感覚は、やっぱり持っておいたほうがいいと思う。

実際、ADSLに加入する際に、1Mbps、8Mbps、12Mbpsとコースがあれば、
何も知らなかったら、なんとなく1メガじゃ遅いような気がしてしまう。
さらに、『予想どおりに不合理』に書いているような行動経済学の理論を用いれば、
そういう顧客に12メガを選択させることは簡単だ。
1メガを2,000円、12メガを3,000円にして、8メガも3,000円にすればいい。
そうすれば、8メガと同じ値段の12メガがお得な印象を与えられる。

だが、32キロの身体感覚を持っていれば、1メガで十分だとわかる。
なにせ、1メガだって32キロの30倍あるわけだから。

インターネットをこれから始めようという人にとってみれば、
こういう速度の感覚なんて使ってみるまで分かるはずもない。
実際ADSL普及の際には、それを逆手にとってか、
ずいぶんと(多くのライトユーザーにとっては)無意味な
速度競争が繰り広げられていたが、昨今の光回線の普及で
事態はますますひどいものになってきたなぁと感じている。


先日、実家に光回線のセールスがやってきた。

どうして光のほうがいいんですかと問う母に対し、
「いやぁ、もうこれからの時代は全てデジタルの光になりますから。
 光のスピードじゃないと情報が処理しきれなくなります」
なんてことをのたまう。

なのに、そこに息子が出ていって
「光の速度に依存するようなコンテンツは利用してませんので」
と言うと、あっさりと引き下がっていった。

要するに、最初から身体感覚もたざる者がターゲットなんだなと思った。


デジカメの画素数なんかも同じだ。

何年か前に店頭で
「400万画素あればフィルムのカメラの画質と同じくらいですね」
みたいな説明を受けたような記憶があるが、
その後あれよあれよと新モデルの数値は増えに増え、
800万画素だ、1000万画素だと言われると、
なんとなく400万画素だと物足りないような気がしてくる。

いまふと思い立って、デジカメに関する少し前の記事を探してみたら、
2003年のAll Aboutの記事を見つけた。
画素数が多ければいいデジカメ?

この記事の結論は衝撃的だ。
「Lサイズのプリントなら、130万画素でも充分」である。

2003年の時点でこういう結論が出ているにもかかわらず、
なぜメーカーはその後も画素数の数値アップを追求したか。

ひとえに、わかりやすいからに他ならない。
400万画素のデジカメと800万画素のデジカメが同じ値段ならば、
人は800万画素のほうを選ぶのである。


テクノロジーのことは、素人にはからっきしわからないような時代だが、
単位に身体感覚を持つことくらいは、それを意識するだけで可能だ。

真に良いものが売れる世の中になるために、消費者よ、賢くなれ。
「タウリン1000mg」はたった1gだということに気づけ。
「レタス1個分の食物繊維」は、ひじきなら10g程度だと気づけ*


*日本食品標準成分表:文部科学省を参照



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