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教育とは画一化であろうか。いや、ない。  
2009.06.27 (Sat)
現行の教育制度は、無意識のうちに画一化を進めるものである。
それゆえ教育者は、画一化を避けようと思うなら、
努めてそのことに意識的であれ。

そう最近思ってる。


あー、「現行の教育制度は」なんてのは卑怯かもしれない。
要するに、気をつけないといけないなと、最近反省した、
という話である。

無意識のうちに、自分が教えやすい子にしようとしていないか、とか。
必要以上に学校にとっての「良い子」にしようとしていないか、とか。

落ち着きのない生徒にはおとなしくしてろと言う。
そのくせ寡黙な子に対して、もっと自己主張してみようとか言う。
そんな平均的な人間を増やしてどうするんだと、最近ふと思ったのである。


どんな短所も、見方を変えれば何らかの長所になる。
落ち着きがないのは活動的だってことだし、
寡黙な人はクール、あるいは奥ゆかしい。

何でも見てやろう』の著者がアメリカに留学していたときの話が面白い。
むこうの紳士はみんなスポーツができて、車に乗れて、気のきいた会話ができる。
だから逆に、スポーツもできず、車に乗れず、英語のできない著者は、
「できないことができる」のですごいというのだ。
女性から「車に乗れないなんて素敵~!」と思われるというのである。

どこまで本当の話かわからないが、その考え方に学ぶことはできる。


だからといって、何も変えなくていいんだということではない。
成長できる部分は成長したほうがいいのはもちろんだ。

ただ、そのポイントポイントで必要が生じたときに
変えられることだけ変えていけばいいんじゃないのと、そう思った次第。
それが一応結論。

たとえば、落ち着きのない子は、テストでミスが多い。
問題を読みとばすミス、勘違いミス、計算ミスetc.
当然改善すべきだが、その性格まで変えようとする必要はない。
落ち着きのない子でもミスを減らせるような、見直しの工夫をすればよい。


あとは、生徒本人が強く望む変化なら支援したい。

「引っ込み思案を改めたい!」
「諦めグセをなくしたい!」
そういう思いがあるときには、とことん一緒に悩んで、
できる協力は存分にしてあげたいと思う。



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