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往生ぎわ良く死にましょう―[書評]椿山課長の七日間  
2009.09.06 (Sun)
小説家の経営術』によると、
ビジネス書が"how to do"を学ぶものだとするならば、
小説は"how to be"を学ぶものだということであるが、
その意味でいうと、本書『椿山課長の七日間』は
実に学ぶべきところ多き小説であった。

生徒のひとりに貸してもらって
初めて読んだ浅田次郎作品であったが、
読み始めて早い段階で、あっという間に引き込まれた。
そしてどんどんはまっていった。

構成が巧みすぎる!
しかも、最後の最後まで期待を裏切らない。


北上次郎氏の解説によると、「家族の絆」というモチーフが
浅田次郎を解く重要な鍵の一つであるらしいが、
本作に限っていえば、「家族の絆」という枠組みだけでは、
狭すぎるような気もするし、また浅すぎるようにも思える。

私的な感想になるが、本作に描かれているのは、
もっと広く、かつ、もっと深いものだ。
生と死、男と女、親と子、嘘と秘密、正義と罪...。
あえて簡潔にいえば、つまるところ、人としての"how to be"、
人生をいかに生きるかという問題に対するいくつかの解答例。
そんな風に感じた。

この話の中では、あの世に、例外的に「よみがえり」を認める制度があって、
生前の未練を晴らすための時間を設けてもらったりしているが、
現実に、死後そんな制度があるとは限らない(おそらくないだろう)。
であれば、極楽往生するために、未練を残さぬ死に方をせねばならない。

日々つい忘れてしまいがちであるこのことを、
改めて考えるための小説であるともいえる。

 父は靭*い男だと、椿山は今さらのように考えた。けっして強い男ではないが、靭い男だ。抗わず諍わず、いつも運命を甘受して生きていた。

 母の葬いのさなか、父は幼い息子の手をかたときも離さず握り続けていてくれた。ときどき圧し潰すように力をこめたのは、「泣くな、男だろう」という暗黙の叱咤だった。あの日からずっと、父は自分の手を握り続けていてくれたのだろう。そして息子が一人前の泣かぬ男になったのを見届けて、ようやく手を離した。離した手を二度とつなごうとはしなかった。
 もし息子ではなく娘に生まれていたのなら、父はどんな育て方をしてくれたのだろうか。悲しみのたびにこんな温かな掌をさしのべて、泣くだけ泣かせてくれるのならば、この人の娘に生まれたかった。

「もちろんさ。子供を大切にするというのは、猫や犬みたいに可愛がることじゃあるまい。未来を大切にすることだよ。だからいたずらに子供扱いしてはいけないんだ。このごろでは親たちに子供と猫の区別がつかなくなったね。おかげで生意気な子やおませな子がいなくなった。若者たちまでがみんな子供のように幼い」

 つらいよ、陽ちゃん。ぼくは今はじめてわかった。人間にとっていちばんつらいことは、善意にそむくことだったんだ。

「もし死なずに大人になれたなら、ぼくら二人で世の中を変えられただろうな。きっと、すばらしい日本をつくったよ」
「できたかな、そんなこと」
「できたさ。科学者か政治家か芸術家か、何になるのかはわからないけど、きっとぼくたちはすばらしい世界をつくった」
「むずかしいよ、そんなの」
「かんたんさ。ウソをつかなけりゃいいんだから」



いささか引用が多くなったが、ここにはとても挙げきれないくらい
何度も噛みしめたい言葉が本書にはたくさん散らばっている。

久々におもいっきりツボにはまる作品に出会ってしまった。
ほんと、生徒に感謝。


*「靭(つよ)い」は本文中では、右側が「刃」でなくて、「韌」の右側のになってます



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