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センター国語の悪問について、たまには大人も関心を持ってください―2010センター試験  
2010.01.19 (Tue)
今年のセンター国語、現代文の問題の中で、
個人的に気になった部分について検討します。

興味のある人は以下のリンクから問題を見て、
ぜひ一通りご自身で解いてみてください。

センター試験 : 大学入試速報2010 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

そんなんやってらんねーよという方も、
以下に載せる問題だけでも考えてみていただきたい。

そんで、願わくばご意見を!
コメントでも、トラックバックでも。

センター国語の現代文については毎年もの申したい部分があるんだけど
なかなか他の人の意見を聞ける機会がないので。


センター試験の国語は前半の大問2つが現代文だ。
第1問が評論文で、第2問が小説。

評論文のほうは、筆者の主張を正しく理解できるかを試す問題は作りやすい。
今年も、評論に関しては良問だと思う。

小説も、今年は比較的良問が多かったかなとは思うが、
気になる問題がひとつあったので、以下に掲載。

出典は『楽隊のうさぎ』であった。
まず、おおざっぱにあらすじを説明(時系列順に直した)。

・克久、中1で吹奏楽部に入部
    ↓
・「一年まじめにやれや!」と言われて「やってるじゃん…。」
    ↓
・地区大会で他校のスゴイ演奏を聴いて、自分達のレベルを知る。
    ↓
・地区大会翌日からめっちゃ頑張って練習。
    ↓
・県大会前日、百合子(母親)がトンカツを揚げて待ってたら、
 帰宅した息子の緊張感がすげえ。


ここから、問題に関係ありそうな部分を長めに引用。

 百合子はこんな克久は見たことがなかった。なんでもなく、普通そうにしているけれども、全身に緊張があふれていた。それは風呂場で見せる不機嫌な緊張感とはまるで違った。ここに何か、一つでも余分なものを置いたら、ぷつんと糸が切れる。そういう種類の緊張感だった。
 彼は全身で、いつもの夜と同じように自然にしてほしいと語っている。「明日は大会だから、闘いにカツで、トンカツ」なんて駄ジャレは禁物。
 もっとスマートな応対を要求していたのである。会話だって、音楽の話もダメなら、大会の話題もダメであった。
 そういうことが百合子にも解る顔をしていた。こんなに穏やかな精神統一のできた息子の顔を見るのは初めてだ。一人前の男である。誇りに満ちていた。
 もちろん、彼の築き上げた誇りは輝かしいと同時に危ういものだ。
 「お風呂、どうだった」
 「どうだったって?」
 「だから湯加減は」
 音楽でもなければ、大会の話でもない話題を探そうとすると、何も頭に浮かばない。湯加減と言われたって、家の風呂は温度調整のできるガス湯沸かし器だから、良いも悪いもないのである。
 「今日、いい天気だったでしょ」
 「毎日、暑くてね」
 「……」
 練習も暑くて大変ねと言いかけて百合子は黙った。
 「……」
 克久も何か言いかけたのだが、目をぱちくりさせて、口へトンカツを放り込んでしまった。
 「あのね、仕事の帰りに駅のホームからうちの方を見たら、夕日が斜めに射して、きれいだった」
 「そう。……」
 なんだか、ぎこちない。克久も何か言おうとするのだが、大会に関係のない話というのは探しても見つからない。それでも、その話はしたくなかった。この平穏な気持ちを大事に、そっと、明日の朝までしまっておきたかった。
 初めて会った恋人同士のような変な緊張感。それにしては、百合子も克久もお互いを知り過ぎていた。百合子は「こいつは生まれる前から知っているのに」とおかしくて仕方がなかった。
 「……」
 改めて話そうとすると、息子と話せる雑談って、あまり無いものだなと百合子は妙に感心した。
 「……」
 克久は克久で、何を言っても、話題が音楽か大会の方向にそれていきそうで閉口だった。
 「これ、うまいね」
 こういうことを言う時の調子は夫の久夫が百合子の機嫌を取るのに似ていた。ぼそっと言ってから、少し遅れてにやりと笑うのだ。
 「西瓜でも切ろうか」
 久夫に似てきたが、よく知っている克久とは別の少年がそこにいるような気もした。
 「……」
 西瓜と言われれば、すぐ、うれしそうにする小さな克久はもうそこにいない。
 「……」
 百合子は西瓜のことを聞こうとして、ちょっとだけ息子に遠慮した。彼は何かを考えていて、ただぼんやりとしていたわけではない。少年の中に育ったプライドはこんなふうに、ある日、女親の目の前に表れるのだった。



問題。

問4 傍線部「初めて会った恋人同士のような」とあるが、この表現は百合子と克久のどのような状態を言い表したものか。その説明として最も適当なものを、次の(1)~(5)のうちから一つ選べ。

(1) 自分の好意を相手にきちんと伝えたいと願っているのに、当たり障りのない話題しか投げかけられず、もどかしく思っている。
(2) 互いのことをよくわかり合っているはずなのに、相手を前にしてどのように振る舞えばよいかわからず、とまどっている。
(3) 本当は心を通い合わせたいと思っているのに、話をしようとすると照れくささからそっけない態度しかとれず、悔やんでいる。
(4) 相手の自分に対する気配りは感じているのに、恥ずかしくてわざと気付かないふりをしてしまい、きまり悪さを感じている。
(5) なごやかな雰囲気を保ちたいと思って努力しているのに、不器用さから場違いな行動を取ってしまい、笑い出したくなっている。



以下を見る前に、ぜひどれが正解か考えてみてください。




- - - - - - - - - - -

この問題、正解は(2)でございます。

(1)は「自分の好意を相手にきちんと伝えたい」が本文には読みとれない。
(3)は「心を通い合わせたいと思っている」、「照れくささから」、
「悔やんでいる」が本文に読みとれない。
(4)は「気配りは感じている」、「恥ずかしくてわざと気付かないふり」が
本文には書かれていないかな。
(5)は「なごやかな雰囲気を保ちたいと思って努力している」が一致しないし、
「場違いな行動」というほどのこともしていない。

と、他の選択肢を間違いとする要素はあるのだけど、
かといって(2)がふさわしいかというと、これが微妙だと思うのである。


まず議論の前提として確認しておきたいのは、
正解文中の「互いのことをよくわかり合っている」は、
本文中の「お互いを知り過ぎていた」言い換えではないということ。

本文をよく読むと、
「~~緊張感。それにしては、~~知り過ぎていた」となっているから、
この「知り過ぎていた」はむしろ「初めて会った恋人」の比喩から外れる部分だ。
ここまでは同意してもらえることと思う。


これをふまえて、本問で(2)の選択肢を正解として解釈すると、
 2人は恋人同士のようによくわかり合っている
        ↓
 いや、恋人同士にしては知り過ぎている
という意味で本文と矛盾しないのだ、ということになる。

が、ここで私が問題にしたいのは、
この文章において、はたして「知る」「わかる」
同じものとして扱ってしまっていいのかということだ。


私の解釈では、百合子は克久のことを、
生まれる前から「知って」いるが、「わかって」いない。
克久が百合子のことを「わかって」いるかどうかは、記述がない。

「知る」とは、単純にその人の存在を知っていること。
互いに「知る」とは、知り合いであるということだ。

「よく知っている克久とは別の少年がそこにいるような気もした」
というのは、よく「知っている」克久のことが、
よく「わからない」ということを意味している。


これは決して自分勝手な解釈ではない。
根拠として、本文中でも「わかる」に「解る」という漢字を当てていて、
「知る」と、使い方を明確に区別しているのがわかる。

「そういうことが百合子にも解る顔をしていた」
「百合子には解る」ではなく、「百合子にも解る」である。
つまり、息子のことをよく解っているわけではない百合子にも、だ。

ここだけ見ても、この文章において、2人の関係を
「よくわかり合っている」と表現するのは無理があるといえる。


ここで念のため、ところで選択肢中の「わかる」
どういう意味で使われているのか、ということを検討する余地はある。

だが、そもそも「初めて会った恋人同士」という言葉の解釈が難しい。

「恋人としては初めて会うことになる」という意味なのか、
「後に恋人になる人との初対面」という意味なのか。
後者のように完全に初対面だと解釈しても、
「それにしては、~お互いを知り過ぎていた」への繋がりは悪くない。

前者のように解釈した場合なら、せめて選択肢を
「互いをよく知っているはずなのに」という書き方にしてくれていれば
正解になる可能性もあったが、後者のように解釈した場合、
この(2)の選択肢はハナから的外れになる。


では他に正解になりそうな選択肢がないかといえば、ないこともない。
(1)や(4)だ。

(1)は、トンカツを用意したり、西瓜を切ろうとしたことが
百合子の好意の表現であり、うまいねと言ってにやりと笑ったのが
克久の好意の表現だと考えることもできる。

(4)も、機嫌をとるような克久の表現(=気配り)を百合子は感じたが
特にふれなかった(気付かないふりをした)わけだし、
克久も百合子の気配りを感じているだろうということは
ほぼ間違いないと判断してしまうことはできる。
「恥ずかしくて」というのがいまいち合っていない気はするが。

いずれにしても、こんな感覚的な差異を限られた時間の中で
受験生に判断させようとする問題はアンフェアでナンセンスだ、
というのが私の主張でございますです。


他の問題についてもひとつだけコメントしておくと、
問2の、「指揮者の指示のもとで」というのはかなりまずいと思う。

吹奏楽部の顧問「森勉」が細やかに指示する記述ならあるが、
吹奏楽という文脈で「指揮者」といわれれば
間違いなくconductorのことであって、指示をする人=指揮者ではない。
「森勉」が文中の「指揮者」と同じ人かどうかは判断がつかない。
そして「指揮者」の指示で演奏がまとまっていく描写はない。


丁寧に読んだ人ほど損をする問題があってはならない!

本年度に限らず、センター国語にはだいたい毎年同じような感想を抱く。


edit |  22:42 |  その他雑談  | トラックバック(0) | コメント(11) | Top↑ | あとで読む このエントリーを含むはてなブックマーク
コメント
年末はどーもー。
えっと、コメントします(笑)

まず、あたしの答えは1番!!2番はあり得ない!!問題作ってる人に言っといて!(笑)
あきお意見に同感だし、あたしとしては、初めて会った恋人同士はまず間違いなくお互いをわかりあってない。初デートだよ?お見合いだと思ってんじゃない、作った人(笑)時代遅れな問題だ(笑)
いや、真面目に、2番はおかしい。
だって、初めて会った恋人同士のような緊張感が漂ってる→だけど二人は親子だからよく知っている→なんなら(ゆりこにしてみれば)オマエを腹ん中で育ててんだからそん時から知ってるわ!→クスッ(笑いたくなる)
っていう流れでしょ。
それなのに、初めて会った恋人同士のような緊張感=よくわかり合ってる、っていう認識があるなら「それにしては」っていう接続詞おかしいし、ゆりこは別に笑いたくならないじゃんね。探り探りでこれから始まる二人のようなのに、実は一番近い存在である、ってところが面白いとこじゃないの?(大体同じ事言ったよね笑)知るとわかるはこの際そんなに重要じゃない気がする。
あーなんか説明が意味不明になってしまったけど、読めば読むほど納得いかなくて、このもどかしさ責任取っていただきたいわ!!(笑)
まや |  2010.01.20(水) 22:48 |  URL |  【コメント編集】
>まやさん

なんか力のこもっている部分に私情が混じってる気がしないでもないけど(笑)
コメントどうもです。

でも確かにそれ大事なポイントで、
「初めて会った恋人同士」なんてのは、
ある程度文化を共有してないとイメージできないよね。

小説の作者や問題を作った人と、今の高校生とで
そこの認識にずれがあって違和感を感じる部分もあったんじゃないかと思う。

うんそこポイントだなと思えてきた。あざっす。
oika |  2010.01.21(木) 21:42 |  URL |  【コメント編集】
どうもお世話になります、大田です

ちょうど一年前までセンター国語に苦しめられ続けた身分としてコメントさせてください。笑

とりあえず問題になってる箇所の部分、解いてみました……



相変わらずはずしますね。俺。笑


俺の回答は1でした。
赤坂さんの解説じっくり読んだんですけど、どうも頭がついていかずエンストしちゃいました。笑


センター国語って時間が鬼のように足りないんすよね。俺だけかな 汗

で、問題形式もどうにかならないかなぁって
ずっと思ってましたね、受験時代…


予備校の先生の話だと、センターの問題ってすごく長い時間かけてつくられるみたいですから、もっと詰めが甘くない状態まで持ってってほしいですね。


なんか中身にはふれられず、ただの感想みたいになってすみません…。

でもセンター国語に出題される文章は毎年好きです!笑
おおた |  2010.01.26(火) 17:52 |  URL |  【コメント編集】
>おおたさん

おおー、コメントどうもです!

センターは国語に限らず、時間との戦いになることは多いですね。
成績を分散させるためには仕方ないのかもしれないけど・・・。

オレも国語の問題で題材にされる話はけっこう好きです(笑)
小説とか、時間気にしないでゆっくり読みたいのに!っていっつも思ってた。
oika |  2010.01.27(水) 21:38 |  URL |  【コメント編集】
はじめまして。いつも拝読させていただいております。
某地方国立大生の立場から解いてみましたので初コメントをば

答えは、(2)(5)で迷った挙句に(2)に行き着きました。
しかし、あかさかさんの、(5)の消去に関する解説で、(2)で間違いないかなと確信に至りました。特に、「場違いな行動」ではないというところで。

さて、僕の解答の道筋ですが
・ざっと本文を読む
  ↓
・(1)(3)(4)を消去法により消去
   (1)好意はない
   (3)照れくささも後悔もない
   (4)気づかないふりをしているのは恥ずかしさからではない
  ↓
・(2)(5)で迷うが、(5)の不器用さに関する記述がないので(5)を消去
  ↓
・(2)を選択
となりました。

特に、(1)(3)(4)を消去する段階で二つほど考えるところがありました。
一つ目は、ほとんどの選択肢がどちらか片方の立場から述べられていることに違和感を感じました。
(1)(2)(3)(5)は、百合子と克久の両方の立場から感じていることを選択肢としていると、考えられないこともないですが、それでも”どちらの感じ方なのか”を定義付けしたほうがしっくりきます。
(4)は気づかないふりというぶぶんで、二者の対比が必要なので、完全にどちらか一方の感覚に限定されると思います。

では余談ですが、出題者がそれぞれの選択肢を、どちらの感じ方と捉えさせたいのかを分類してみると
 百合子 (1)(2)(5)
 克久  (3)(4)
ではないかと予測します。特に克久は緊張感からくるそっけない態度についての言及があるので、そうではないかと。

二つ目、設問が本文の表現「初めて会った恋人同士のような」ではなく、百合子と克久の状態に一致するものを選択肢から選ぶということ。初めて会った恋人同士というのは、あまり重要視するものでもないか、と考えつつ解き進めました。
つまり、この『楽隊のうさぎ』を表現に一分の隙も許されないような厳密な純文学ではなく、ある程度表現にムラのある小説だと考えれば、百合子と克久の状態が、必ずしも「初めてあった恋人同士のような」という表現で言い表すことができなくても、それは百合子と克久の状態にタグ付けのような効果をもたらすだけであり、二人の状態を選択肢から選択するのには何の支障も生じないのではないかと考えるのです。

と、以上までが解答を作成するなかで僕が考えた内容です。
確かに、あかさかさんが仰る通り、これだけの感覚的な差異を問うのは、受験生に対して酷ではないかと思います。しかし、徹底的に「まず消去法を!」と教えられている受験生にとっては、感覚的に理解できなくとも、(2)を含む2つの選択肢まで絞り込むことはそこまで難しくはないのではないでしょうか。

また個人的には、「知る」と「わかる」の違いについても、出題者はある程度理解しているのではないかと思います。確かに、本文中では「知る」と「解る」というように厳密な区別をしていますが、この「お互いを知り過ぎていた」の「知る」は例外的だと思います。「お互いを知る」という日本語は、単なる「知る」にはない存在の認識を超えた理解があるように思うのです。

僭越ながら反論のようになってしまいましたがいかがでしょうか。
長くなってしまい申し訳ありません。今後も楽しみにしております。
U16_223 |  2010.02.21(日) 16:05 |  URL |  【コメント編集】
>U16_223さん

めちゃくちゃ有益なコメントありがとうございます!!
お返事遅くなってしまいましたが、かなり興味深く読ませていただきました。

2点、挙げていただいたことについてコメントさせてください。


ひとつめ、選択肢の文がどちらか片方の視点になっているという指摘、
考え至りませんでした。
特に(4)は全くおっしゃるとおりで、お互いに相手へ気配りしつつも
恥ずかしくて相手の気配りに気づかないふりをするというのは
ちょっと無理がある気がしますね。

U16さんのご指摘の内容とは少しずれますが、
この文章が面白いのは、視点が前触れなしにコロッコロと変わるんですよね。
母親の心情を内側から語ってたかと思えば、急に克久目線になってたり。
特に、ここに引用した箇所より前の部分でそれが顕著です。


ふたつめですが、そう、そうなんですよ!(笑)
この話の作者も、そこまで厳密に「初めて会った恋人同士」の関係を
二人に反映させようとしたとは思えないんですよね。
単純に緊張感をイメージさせようとしただけで。

なので、ただ二人の関係を表している文はどれだろうとだけ考えて解けば
選択肢も選びやすいかもしれないですけど、
こうやって本文中の一表現を明確に指定されて出題された場合には、
やっぱりそれじゃダメな気もするんですよね。
わざわざ問題にしている以上、この「恋人同士」の意味を考えて解くのだろうというのが
受験生にとっても、おそらくは共通認識だったのではないかと。


そして僕が一番思うのは、受験生の運命を決める試験が、
「どの選択肢も不正確だけど、これはまだ不正確度が低いから、これが正解」
っていうんじゃダメだろってことなんです。
「消去法で解くのが有効な問題」であってもいいんですけど、
「消去法でしか解けない問題」というのはおかしいと思いますね。

回答になっているかどうかわかりませんが・・・。
oika |  2010.02.24(水) 21:57 |  URL |  【コメント編集】
はじめまして
傍線部「初めて会った恋人同士のような」とあるが、この表現は百合子と克久のどのような状態を言い表したものか。

「百合子と克久の」どのような状態を言い表したものか…
つまり
①「この表現は何を比喩したものか」ではなく②「この表現は親子でいう何を比喩したものか」です。
よって2は合ってると思います。
こういう問題は基本的に問題文から「どのような」を消して当てはめていくのがコツです。最重要です。
考えすぎちゃだめですよ
みやん |  2010.08.12(木) 02:03 |  URL |  【コメント編集】
まぁかなりレトリックな比喩ではあるよね
ににい |  2010.12.24(金) 22:34 |  URL |  【コメント編集】
センター 国語 悪問 でたどり着きました。
一年以上たっての意見ですが、悪問への指摘、激しく同意します。
試験場の外から見たら、気楽ですので、正解を選べますが、時間が限られている中で根拠に自信がもてるか疑問です。
物語として、「少年が、部活を通して成長する物語」として読むか、
「親から見た息子の成長記録」として読むか、どうかでしょうか。
この直前までは、克久の視点。 
ここで取り上げられているところは、百合子の視点。
そこで、ここでは、後者の「親から見た」物語として読みました。
息子の成長による変化に戸惑う必要があるので、答えは、2 です。
普段は、消去法が一番だと思って解いています。
そうすると、こういう問題の時に「書いて無いから」を理由に消すことは、とてもじゃないけど試験場では、できません。
私が言いたいのは、正解の理由はあるけれど、不正解の選択肢の理由が甘いのです。
ですので、悪問に同意します。
通りすがり |  2011.03.06(日) 01:55 |  URL |  【コメント編集】
■今年もその季節なんですが
えっと、もう20年前に共通一次を受けた世代なんですがw
センターってどうなってるのかなと検索していたらココにたどり着きました。
今更ですがコメントさせて下さい。

実はセンター及び東大入試問題は、日本の総ての試験の標準なんです。
まあぶっちゃけ、試験を作ってる中の人が全部東大出身者かそれに近い存在で固めてるのですけどね。そしてそれを延々と後輩が継承してるわけです。

標準と言ったのは、いわゆる資格試験、特に公務員試験において当てはまります。非常によく寝られていて、(一見)文句のつけようのないように練り込まれています。

ただ、東大はその成り立ちからして役人(公務員)製造機関であり、東大出身者が役人(公職)として問題を作るので、どうしても「役人くさい」内容になります。

役人くさいとは、一口で言えば「保身」です。わかるかな?他人から文句をつけられず、もしくはつけられても言い抜けできるよう準備しておくことですね。
だから「正解は何か」という根拠よりも「他はみんな間違いだ。だから正解はこれ」という消去法で作られていることが圧倒的に多いですね。

役人の具体的なイメージは、今や延々と、いかに嘘を突き通すか飲みに腐心している東電役員や原発安全委員会の面々を参照下さい。あれが東大出身のエリートさん達そのものです。彼らの発言も、マークシートの作りも、非常に似た思考ですよ。

私達の時代でさえ、国語は作者から「この問題の解答は間違っている!」と
直接クレームをつけられたこともあるそうです。

そういうわけで、別に受験生の皆さんに、「正しい教育の成果としてのテスト問題」を作ってるわけではなくて、ただの役人仕事のノルマとして、「文句を言われないように」作っているだけと言って良いです。清らかな皆さんの心には受け入れられないかもしれませんが・・

最後に。テストのネタは年々枯渇します。事実共通一次からセンターへの移行が決定していた最後の年は、それまで温存していた?悪問珍問奇問のオンパレードでした。特に生物は教科書からの出題がわずか2割以下というひどさ。余りの平均点の酷さに、悪名高き史上初の得点調整が行われました。

このように、悪問や奇問は時と共に増える傾向にあります。時代と共に情勢が悪化している今の日本とリンクしますね。

なので、そういうものに憤りを一々覚えず、そういうものだと割り切って対策して下さい。消去法でいいんですよ。

さっきしったんですが、英語のPat君なんて凄まじいですね。あれはないわ・・
延々と長文を失礼しました。
tora |  2011.12.22(木) 00:45 |  URL |  【コメント編集】
センター国語程度の問題で騒ぐのは馬鹿
汁 |  2012.12.26(水) 17:41 |  URL |  【コメント編集】
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