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サウイフモノニ ワタシハナリタクナイ  
2007.10.09 (Tue)
今日、近所のミスドで雑務作業をしていたら、
いきなり「すいません」と見知らぬおばあさんがやってきて、
「癒されるってどういうかんじですか?」
と聞いてきた。

変ななんたらセラピーとかの勧誘かと思って適当にあしらっていたが、
どうも話を聞いていると・・・
「いやね、今入院してる友達に手紙を書いてて・・・」
「なんか、こんなような字だったでしょ?」

・・・!?

あ、「かんじ」って「漢字」ですか?

というわけで、「癒」という字を教えた。
その後も何度か漢字を聞きに来た後、いなくなったかと思ったら、
少しして戻ってきて、
「さっきはありがとうね。」と言って、
お礼にと、なんと缶コーヒーをいただいてしまった。

そしておばあさんは、少し自分のことを話してから、
次に少し自分の子どものことを話し、
最後に私に向かって、若者へのエールを送って帰っていった。

「立派な人になんてならなくていいから、
 ぶっそうな事件に巻き込まれたりしないで、
 とにかく元気で生きなさい。」



私はこれを聞きながら、小学校の国語の教科書に載っていた
「おかあさんの木」を思い出していた。
戦場におくられた息子に対するおかあさんの気持ちが
「ひきょうなまねはせんと、お国のために手柄をたてておくれや」から
「手柄なんてたてんでもいい、きっと生きて帰っておくれや」
へと変化していく話。

そういや『プラネテス』では、
ハチマキのお母さんが「いい宇宙船員の条件」を聞かれて
「必ず生きて帰ってくることよ」と答えていたな。


「立派な人」というのが、
「自己を犠牲にしてでも世の中のために貢献すること」なのだとしたら、
それってやっぱりちょっと寂しい。

過労死とか「さようなら天さん」とかの後で
「あいつは立派なやつだった」と言われることを私は望まない。

そして、きっとどんな親も子にそれを望みはしないのだ。

だから我々は、警官に対しても、政治家に対しても、総理大臣に対しても、
それを望んではいけないと思う。




札幌だけの家庭教師「考動力研究会」
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